2013年12月25日水曜日

入院そして...

まるで深夜のように静まり返った搬送先の病院。

そこに、着の身着のままの格好で、ただ座って待つだけの自分。
目の前を誰が通ろうが、どんな顔されようが、知ったこっちゃない。
ただ、早く母の状況を知りたかった。。。


約1時間程度して、処置室に呼ばれた。


CTだのMRIだの画像を見せながら、医師が説明をしてくれた。



  「ここの右脳が白くなってるでしょ?これは脳梗塞です。」

  「しかも、これ、かなり大きいから、きっと車椅子になるだろうね。」




言葉を選ぶ訳でもなく、いきなり直球を投げてくる医師。



なのに、うろたえも、打ちひしがれもしなかった。
不思議と全くショックじゃなかったのだ。

倒れた瞬間の麻痺の状態を見て、覚悟を決めたからなのか、、
それとも、生きてて、会話出来れば、それだけで十分。とでも思ったのか。
いまだに良く分からないが、恐らくは両方なのかもしれない。
前と同じような身体じゃなくても、意思疎通できて、そして存在していれば、
まだまだ、たくさん時間を共有出来る。この状況下では、これだけで十分だった。




これから病棟へ運びますから、もう帰って頂いて大丈夫ですよ。
と、言われ、家に帰った。


母は3日程HCU病棟に入院し、その後、一般病棟へ移された。


時々、足の違和感を訴えたが、状態は安定していて、
一般病棟に移ってからは、軽いリハビリ等もしたりしていた。


ただ、多少幻覚が見えたりするようで、誰かが居ると言ってみたり、
左半分の視野が欠けてるようで、見えない事が良くあった。
また、会話すると、時系列がメチャメチャだったり、生きてて当たり前と思うような事が、
言えなかったり、理解出来なかったりで、会話が結構大変だった。

身体の麻痺は、しっかり左半身に存在していたので、歩く事は出来ず全ての移動は車椅子。
しかも、顔にまでも麻痺の症状はあって、片目は閉じたままの状態。
それは、まるで極悪人な風貌だった。これだけは心苦しかった。

他の入院患者やその家族は、まるで見てはいけない物扱い。
でも、自分は堂々と、率先して車椅子を引き、母と何度も病院内を移動しりしていた。


そんなこんなで10日程して退院し、今度はリハビリ病院へ転院するよう言われ、
車で20分程離れた病院へ。

  

  「あそのこリハビリは凄く厳しいですよ。だけどその分回復する人もたくさん居ますから」



以前と同じようにとは行かなくても、少しでも回復してくれれば...
藁にもすがる気持ちで、母のリハビリ病院での入院が始まったのでした。



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